[著者情報]
執筆者: 山崎 健介 (やまざき けんすけ)
歴史研究家 / 文学博士 (専門:日本中世史・戦国時代)
専門は戦国武将の意思決定プロセスとリーダーシップ論。特に一次史料に基づいた人物像の再構築をテーマとする。
歴史を学ぶ学生の探究心を全力で応援します。
大学のレポートで織田信長の「是非もなし」という言葉について調べているのですね。多くの解説が「仕方ない」で終わっていて、本当にそれで良いのか悩んでいませんか?
信長の最後の言葉は、多くの学生がレポートで取り上げるテーマですが、多くは『仕方なかった』という訳で思考が止まってしまいがちです。しかし、一次史料を丹念に読み解くと、そこには彼の合理的な精神と武将としての覚悟が見えてきます。
実は、最も信頼できる史料『信長公記』に記された言葉は「是非に及ばず」。そしてその真意は、単なる諦めではなく、織田信長の合理性と覚悟が凝縮された「決断の言葉」だった可能性が高いのです。
この記事では、巷の言葉の解説サイトとは一線を画し、一次史料と織田信長の行動原理から、なぜそう言えるのかを論証します。読み終える頃には、あなたのレポートに「信長のリーダーシップ」という独自の視点を加えるための、強力な論拠と自信が手に入ります。
なぜ信長の最後の言葉は誤解されやすいのか?検索から始まる混乱
「是非もなし」で検索すると、現代語訳やビジネスでの使い方ばかりヒットしますよね。レポートで使いたい歴史的な意味や背景を探しているのに、なかなか核心にたどり着けない。その気持ち、よく分かります。まず、歴史を論じる上での大前提から整理しましょう。
私が学生からよく受ける質問の一つに、「『是非もなし』と、先生が解説で使う『是非に及ばず』は違うのですか?」というものがあります。これは非常に重要な点で、結論から言えば、この二つは区別して考えるべきです。
- 是非もなし(ぜひもなし): 「仕方がない」「どうしようもない」という意味で使われることが多い、より一般的な言葉です。
- 是非に及ばず(ぜひにおよばず): こちらが、最も信頼性の高い史料である『信長公記』に、本能寺の変における織田信長の発言として記録されている言葉です。
多くのウェブサイトが二つを混同しているため混乱が生じますが、学術的なレポートを書く上では、出典元である『信長公記』に記された「是非に及ばず」を議論の出発点に据える必要があります。この区別が、質の高いレポートへの第一歩となります。
決断の言葉『是非に及ばず』:信長公記が示す真実

では、なぜ「是非に及ばず」が単なる諦めの言葉ではないのでしょうか。その答えは、この言葉が発せられた文脈、すなわち本能寺の変の状況と、織田信長という人物の性格・行動原理である合理主義を結びつけることで見えてきます。
全ての議論の出発点として、まずは一次史料である『信長公記』の記述を見てみましょう。
(本能寺が襲撃され)はじめは「下の者共の喧嘩か」と信長は述べた。しかし、森蘭丸が「これは惟任日向守(明智光秀)殿の御謀反と見え申し候」と報告すると、信長は一言、**「是非に及ばず」**とだけ言ったという。
出典: 『信長公記』巻十五
注目すべきは、織田信長が謀反の相手を明智光秀だと認識した瞬間にこの言葉を発している点です。彼の頭の中では、瞬時に状況分析が行われたはずです。
- 相手は誰か? → 腹心であり、織田家の内情を熟知する明智光秀。
- 場所はどこか? → 少数の手勢しかいない本能寺。
- 結果はどうなるか? → 脱出は不可能、勝敗は決した。
この絶望的な状況で、織田信長の合理主義が発揮されます。彼にとって「なぜ光秀が裏切ったのか」「どうすれば助かるか」といった議論は、もはや意味をなしません。したがって、「是非に及ばず」という言葉は、「(もはや善悪や理非を)議論するまでもない。やるべきことは一つだ」という、極限状態における冷静な状況判断と、次なる行動への移行を宣言する決断の言葉と解釈するのが妥当なのです。
実際に、この言葉の後、織田信長は自ら弓を取り、最後まで戦い抜きました。この行動こそ、「是非に及ばず」が諦観ではなく、覚悟と抵抗の始まりを示す言葉であったことの何よりの証拠と言えるでしょう。
信長の「合理性」が解釈を裏付ける:過去の言動という証拠
「是非に及ばず」を決断の言葉とする解釈は、単なる推測ではありません。織田信長の過去の言動が、この解釈を強力に裏付けています。
実は、織田信長は本能寺の変とは別の文脈でも「是非に及ばず」という言葉を使用しています。 それは、元亀4年(1573年)、将軍・足利義昭が自身に反旗を翻した際に、細川藤孝に宛てた書状の中でのことです。この文脈における「是非に及ばず」は、「もはや仕方がない」という意味ではなく、「言語道断である」「議論の余地なくけしからん」という強い非難のニュアンスで使われています。
「是非に及ばず」の使用例比較
| 状況 | 相手 | 推定されるニュアンス | 共通点 |
|---|---|---|---|
| 本能寺の変 (1582) | 明智光秀 | 議論の余地なし、応戦せよ | 議論を打ち切り、行動に移る決断 |
| 対立時 (1573) | 足利義昭 | 言語道断、議論の余地なし | 議論を打ち切り、行動に移る決断 |
この足利義昭との一件は、言葉の解釈が一つではないことの強力な証拠となり、「仕方ない」という単純な訳では織田信長の意図を捉えきれないことを示しています。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: レポートでは、『信長公記』の記述を絶対視せず、史料批判の視点を一文加えることをお勧めします。
なぜなら、学生がレポートで陥りがちなのが、『信長公記』を絶対的な事実として鵜呑みにしてしまうことです。例えば、「著者の太田牛一は事件の直接の目撃者ではなく、伝聞を基に記述した可能性も指摘されている。しかし、現存する史料の中では最も信頼性が高い」といった一文を加えるだけで、論考の客観性と深みが格段に増します。この知見が、あなたのレポートの評価を高める助けになれば幸いです。
FAQ:レポート執筆のための最終チェック
最後に、あなたのレポート執筆に役立ちそうな、よくある質問にお答えします。
Q: レポートではどの説を支持すべきですか?
A: 非常に良い質問ですね。歴史学において重要なのは、どの説を支持するかという結論そのものよりも、「なぜその説が有力だと考えたのか」を史料に基づいて論理的に説明するプロセスです。この記事で紹介した「決断説」は有力な解釈の一つですが、あなたのレポートでは、「『信長公記』の記述と、足利義昭への書状の事例から、信長の言葉は単なる諦めではなく、彼の合理性に基づく決断と解釈するのが妥当である」というように、あなた自身の言葉で論拠を再構成することが大切です。
Q: 「是非もなし」と「慈悲もなし」は関係ありますか?
A: 音が似ているため混同されることがありますが、この二つは全く関係ありません。「慈悲もなし」は文字通り「情けや哀れみの心がない」という意味の言葉です。レポートで混同しないよう、注意してください。
Q: 現代語で「是非に及ばず」と使うのは適切ですか?
A: 現代の日常会話やビジネスシーンで使うのは、あまり一般的ではありません。意味が通じにくく、古風で芝居がかった印象を与える可能性があります。歴史的な文脈を離れて使用するのは避けた方が無難でしょう。
まとめ:信長の言葉を正しく理解するために
この記事では、織田信長の最後の言葉について、よくある誤解を解き、その真意に迫りました。
- 出発点の確認: 信長の言葉は「是非もなし」ではなく、一次史料『信長公記』によれば「是非に及ばず」です。
- 解釈の核心: この言葉は、単なる「仕方ない」という諦めではなく、織田信長の合理主義に基づいた「議論の余地なし、応戦せよ」という決断の言葉と解釈できます。
- 強力な論拠: その解釈は、言葉が発せられた直後の信長の戦闘行動や、過去に足利義昭に対して同じ言葉を違うニュアンスで使った事例によって裏付けられます。
これで、あなたも表面的な解説をなぞるだけのレポートから一歩抜け出せます。ぜひ、織田信長のリーダーシップという視点から、彼の最後の言葉を論じてみてください。
あなたのレポート執筆を応援しています。さらに深く知りたい場合は、末尾の参考文献リストから専門書を手に取ってみるのも良いでしょう。
[参考文献リスト]
- 太田牛一 著, 榊山潤 訳『信長公記』(ちくま学芸文庫, 2006年)
- 藤本正行『本能寺の変―信長の油断・光秀の殺意』(洋泉社, 2010年)
- 谷口克広『信長の天下布武への道』(中央公論新社, 2006年)

コメント