「飽和脂肪酸はコレステロールを上げるから控えるべき」「ココナッツオイルの飽和脂肪酸は体に良い」……。健康やダイエットに関心がある方なら、一度は飽和脂肪酸(ほうわしぼうさん)という言葉を耳にしたことがあるでしょう。
しかし、飽和脂肪酸を「単なる悪者」と決めつけるのは早計です。飽和脂肪酸は私たちの体にとって重要なエネルギー源であり、細胞膜を構成する大切な成分でもあります。この記事では、管理栄養士として15年以上、分子栄養学の研究に携わってきた専門家の視点から、飽和脂肪酸の正体、健康への影響、そして最新の研究に基づく「賢い油の選び方」を徹底解説します。
[著者情報]
田中 恵美(たなか えみ)
管理栄養士・博士(栄養学)。大学病院での臨床栄養指導を経て、現在は生活習慣病予防を目的とした栄養疫学の研究に従事。エビデンスに基づいた「一生続けられる食事術」を提唱し、これまでに3,000人以上の食事改善をサポートしている。
専門領域: 脂質代謝、分子栄養学、予防医学。
飽和脂肪酸の正体:化学構造から見る「固まりやすい」性質
飽和脂肪酸とは、脂質を構成する「脂肪酸」の一種です。化学的な構造で見ると、炭素の鎖に水素が隙間なく結合しており、二重結合を持たないのが特徴です。
この構造上の特徴により、飽和脂肪酸には以下の性質があります。
- 常温で固体: 融点(溶ける温度)が高いため、室温ではバターやラードのように固形であることが多いです。
- 酸化に強い: 二重結合を持たないため、熱や光による酸化(劣化)が起こりにくく、加熱調理に適しています。
- 主な含有食品: 牛肉や豚肉の脂身、バター、ラード、生クリームなどの動物性脂肪のほか、植物性ではココナッツオイルやパーム油に多く含まれます。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 飽和脂肪酸を摂取する際は、「酸化しにくい」というメリットを活かし、炒め物や揚げ物などの加熱料理に活用するのが理にかなっています。
なぜなら、健康に良いとされるオリーブオイルや亜麻仁油などの不飽和脂肪酸は、熱によって酸化しやすく、かえって体に有害な物質を生成する恐れがあるからです。一方で、飽和脂肪酸は熱に強いため、調理中の品質変化が少なく、安定したエネルギー源となります。ただし、過剰摂取は禁物ですので、全体のバランスを意識しましょう。
飽和脂肪酸は本当に「体に悪い」のか?最新研究で見えた新常識

長年、飽和脂肪酸は「LDL(悪玉)コレステロールを増やし、心疾患のリスクを高める」として、制限の対象とされてきました。しかし、近年の大規模な研究データ(メタ解析)では、飽和脂肪酸の摂取量と心疾患リスクの間に、必ずしも直接的な因果関係が認められないという報告も増えています。
ここで重要なのは、「飽和脂肪酸を何に置き換えるか」という視点です。
- 炭水化物(砂糖など)に置き換えた場合: 心疾患のリスクは変わらない、あるいは悪化する可能性があります。
- 多価不飽和脂肪酸(魚の油など)に置き換えた場合: 心疾患のリスクが低下することが示唆されています。
つまり、飽和脂肪酸だけを敵視するのではなく、食事全体の脂質の質とバランスを考えることが、現代の栄養学におけるスタンダードとなっています。
不飽和脂肪酸との違いは?脂質のバランスを整える黄金比
健康を維持するためには、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の違いを理解し、適切に組み合わせることが不可欠です。
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、脂質全体のエネルギー比率を20〜30%とし、そのうち飽和脂肪酸は7%以下に留めることが目標とされています。
飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の特性比較
| 比較項目 | 飽和脂肪酸 | 不飽和脂肪酸 |
|---|---|---|
| 常温での状態 | 固体(固まりやすい) | 液体(サラサラしている) |
| 酸化のしやすさ | 極めて安定(酸化しにくい) | 不安定(酸化しやすい) |
| 主な食品 | 肉の脂、バター、ココナッツ油 | 魚の油、オリーブ油、ナッツ類 |
| 体内での役割 | 重要なエネルギー源、細胞膜の材料 | コレステロール値の調整、炎症抑制 |
| 摂取のポイント | 摂りすぎに注意(特に加工肉) | 積極的に摂りたい(特にオメガ3) |
飽和脂肪酸に関するよくある質問(FAQ)
Q1. ココナッツオイルの飽和脂肪酸はダイエットに良いと聞きましたが本当ですか?
A1. ココナッツオイルには飽和脂肪酸の中でも「中鎖脂肪酸(MCT)」が多く含まれています。中鎖脂肪酸は一般的な脂肪酸よりも素早くエネルギーとして燃焼されやすいため、脂肪として蓄積されにくいという特徴があります。ただし、ココナッツオイル自体が高カロリーであることに変わりはないため、普段の油に「プラス」するのではなく「置き換える」形で取り入れるのが正解です。
Q2. 飽和脂肪酸を全く摂らないようにすべきですか?
A2. いいえ、その必要はありません。飽和脂肪酸は私たちの体を動かす大切なエネルギー源であり、血管を丈夫にする役割も持っています。極端に制限すると、かえって血管が脆くなったり、ホルモンバランスが乱れたりするリスクがあります。大切なのは「肉ばかり」に偏らず、魚や植物性の油とバランス良く摂ることです。
まとめ:飽和脂肪酸を「賢く選んで」健康を守る
飽和脂肪酸は、決して避けるべき毒ではありません。その特性を理解し、上手に付き合うことが健康への近道です。
- 酸化に強い性質を活かし、加熱調理に活用する。
- 動物性脂肪の摂りすぎには注意し、魚や植物性油とのバランスを保つ。
- 加工肉(ハムやソーセージ)からの摂取は控え、質の良い天然の脂質を選ぶ。
「どの油が正解か」という極端な思考ではなく、多様な食品から質の高い脂質を取り入れる。その柔軟な姿勢こそが、あなたの体を内側から健やかに保つための最強の戦略となります。
[参考文献リスト]
- 厚生労働省, 日本人の食事摂取基準(2020年版)脂質
- 世界保健機関(WHO), Saturated fatty acid and trans-fatty acid intake for adults and children
- 日本脂質栄養学会, [脂質栄養学の新潮流:飽和脂肪酸の再評価]
[著者プロフィール]
田中 恵美
脂質の奥深さに魅了された栄養学者。日々の献立では、バターの風味を楽しみつつ、青魚の刺身も欠かさない「バランス重視」の食生活を実践中。趣味は、世界中のオイルを集めてその風味の違いを研究すること。


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